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変容する世界

ーベーシック・インカムのある社会ー

働く必要がない世界があれば、何をして生きますか?

私のベーシック・インカム(BI)に対する興味というのは、タイトルの問いに全てが集約されます。

 

過去二回の投稿で、BIがある社会を想定してみました。全てのケースを想定できたわけではないですが、自分がイメージする一助にはなります。

 

働かなくても生きていける社会。

そんな世界で生きるのならば、皆さんどんな人生を送りたいですか?何をしたいですか?

 

今の日本の世の中は、多くの人が企業や組織に属して働くという、一般的なレールを無意識で歩んでいます。途中で起業やフリーランスという被雇用者のレールを外れる人も多いですが、多くの人は学校を卒業した後は、企業への就職を当然の選択肢として歩んでいると思います。いずれにせよ、大なり小なり、働くことの目的の一つは、生きるためのお金を稼ぐことだと思います。

 

しかし、生きるために働かなくてもよいとしたら。働かなくても人並みな生活を送れてしまうのなら。世の中の人全てが、同じ条件をもとに生活しているとしたら。

 

遊びますか?

勉強しますか?

働きますか?

 

何に時間を費やしたいですか?

人や社会とどうかかわりたいですか?

 

答えは一人一人の中にあるのでしょう。

趣味を極めたり。

勉強や研究に精をそそいだり。

アーティスティクな活動で自己表現をしたり。

子育てに専念して家族を育んだり。

社会貢献をしたり。

環境問題に取り組んだり。

政治的活動に参画したり。

少し贅沢をしたいからお金を作るために企業で勤めたり。

個人ではなく企業だからできることするために勤めたり。

心から好きな仕事をして働く喜びを感じたり。

 

その先にある社会とは、どんな世界なのでしょうか。

格差、貧困、競争がない世界とはどんなところでしょうか。

 

どんな自分でありたいか、どんな人生を送りたいのか。

ベーシック・インカムへの考察は、自分と人生について向き合う為のきっかけにすぎません。

働く必要がない世界があれば、何をして生きますか?

ベーシック・インカムがある世の中を想像してみる②

前回に引き続き、ベーシック・インカム(BI)がある世の中について、疑問や想定されるケースを追ってみたいと思います。

 

⑤貧困の削減

BIの導入においてよく云われているいる目的・効果の一つが貧困の削減です。想像しやすい状況かと思いますが、日本のような先進国においては、広がる格差社会で生まれたワーキングプア生活保護受給者に該当する人々の貧困はなくなるでしょう。後発国においては、(財源確保の課題はここで触れないとして)30億人いるといわれる1日2ドル以下で生活する人々の貧困が消滅します。世界の富の99%を所有する全人口の1%の人々というピラミッドが、よりフラットに変化していくのではないでしょうか。副次的には、貧困差別が減少し、侵害されていた個人の人権がより尊重されていくのではと思います。

 

⑥階級社会の崩壊

イギリスをはじめとする、ヨーロッパやインドに今でも根付く階級社会。これは過去の遺物になるのではないでしょうか。階級を分ける身分は位や権力に紐づいているので維持されると思いますが、高位層を支える最も人口が多いピラミッドの最底辺の人々の階層が消えます。すると、土台を支えていた階層がなくなりバランスは必然的に崩れるでしょう。このピラミッドバランスは、人口比率という意味でも崩れるだろうし、労働という側面から見ても崩れるでしょう。底辺層の労働によって支えられている高階層の人々の暮らし、その土台が減少するのでしょう。そして位や権力というものは、ますます名目的で便宜上なものとなるのではないでしょうか。

 

⑦資本主義社会の崩壊

個人的に最も興味があり実現可能性が高いと思っているのが、資本主義社会の崩壊です。というのは、BIのある社会では既存の経済活動システムが根本から崩れ去ると思うからです。AIやビッグデータが産業構造を変革し、経済社会をも変革し得るとはすでに言われていることです。

人口の大多数を占める一般層の労働によって成長してきた日本の戦後経済。今やもはや経済成長は停滞していて、今後はこれ以上成長の見込みはないと思っています。というのは、経済供給がとうに需要を超えているからです。商品・サービスが飽和していて、消費が足りていません。アベノミクスでいくら企業が増収増益になっても、被雇用者に還元されない限り個人の生活は潤いません。消費は増えません。労働・消費人口はともに減るばかりです。その先に経済成長はあるのでしょうか。すでに、経済活動は鈍化しています。既存社会はこれ以上の経済成長を求めていないと言えると思います。そこにBIが導入されるとなると、労働の減少によりますます経済活動は縮小するでしょう。そもそもBIのある社会は労働を求めていません。いまの社会では、個人が生活基盤をつくるため、企業が経済的成長をとげるため、国家が税収による財源を確保するためによって動いている経済活動ですが、BIがあると、根本をなす「個人の生活基盤確保のための労働」の概念が変わるので、相関関係にある企業と国家の経済活動システムも自ずと変化すると思うのです。その先にあるのは、国家が経済に介入しない新自由主義システムが働くのではと思っています。

(※BIと新自由主義は関連性が高い事柄なので、今後より探っていきたいと思います。)

 

⑧AIによる人間の労働の減少

上記ではBI導入ありきで経済システムについて触れましたが、その導入時期はテクノロジーの発展と大いに関連するでしょう。ニュースで毎日耳にするようになったビッグデータ、AI、IoT, etc.これらが人間の労働を代替するのは時間の問題です。2045年には人工知能の総和が人間の知能を超えると言われているように(シンギュラリティー)、人間の労働の減少は自明の理です。AIがもたらす価値とはたとえば、製造、流通、医療、移動、行政など多岐に渡ります。これらが全てテクノロジーで代替可能なのです。もはや人が働く余地がありません。テクノロジーの変化と比例して減少する人間の労働。しかし貨幣経済であり続ける限り所得の確保は必要であるため、必然的にBIは社会に求められるシステムになると考えています。

 

さて、ここまで8点にわけて疑問と想定される状況を探ってみました。既述した以外にも、起こりうる状況はまだまだ想定されます。自分の理解をさらに深められたタイミングで、改めて探っていきたいと思います。

この記事が、少しでも起こりうる未来とBIのある社会を想定する一助になれば幸いです。

ベーシック・インカムがある世の中を想像してみる①

過去の投稿ではベーシック・インカム(BI)の定義について二回に分けて述べました。

この後は、定義の深堀り、事例の紹介、海外での動向などに触れたいと思っていますが、詳細に入る前に、BIがある世の中についてイメージを膨らまし考えておきたいと思います。

 

湧き上がる疑問や想定される状況を、一つずつ追ってみたいと思います。

 

①みんな働かなくなってしまうのでは?

BIがあれば生きるための労働は不要になります。しかし、BIは最低限の生活しか満たさないので、最低限以上の生活を望む場合は収入を必要とします。今やエコビレッジや地方移住者、ミニマリストが増え今後も増加し続けるでしょう。こうした物欲が低い人々はBI以外での収入を必要としないかもしれません。一方で、より良い商品やサービスを求めている人々がいることも事実です。こうした最低限以上のモノやサービスを購入するためには、現状同様労働や所得が必要です。よって、必ずしもすべての人が働かなくなるわけではありません。より多くを求める人には、より多くの所得が必要です。また、以下②のような理由で働く人がいることになります。

 

②なんのために働くのか?

上記の概念だと、労働は収入を増やすための行動となります。しかし、必ずしもそうではないかもしれません。生活費を稼ぐための労働が不要になったとき、人は本当にやりたいこと、心から望むことに時間を注ぐのではないでしょうか。それはボランティアや趣味という形かもしれません。同様に、企業に勤めるなど働くことを通じて、人が本来やりたいことをするかもしれません。そうした世界では、労働が「お金のため」ではなく、「喜びのため」になるのではないでしょうか。喜びのために働く人々で組織される会社とは、どんな職場環境なのでしょう。どのような実績を上げるのでしょう。どんな価値・貢献を社会にもたらすのでしょうか。本業で社会的責任を全うすれば、もはやCSRなど意義がなくなるのではないかと思います。

 

③労働に対する概念

ニート、失業者、ワーキングプア。このような言葉は存在しなくなるでしょう。そして、多くの人々が当たり前として持っている「不労=悪」という概念。これは崩れ去るのではないでしょうか。それではどんな概念に変わるのか?もはや「不労」という言葉すらなくなる気がします。生きるために働く必要がないので、労働という概念が消えると思います。働きたい人が働くため義務や責任は伴いません。人生の一つの選択肢です。強いていうならば、労働は「活動」の概念と同じになると思います。行いたければ行うという自発性を含んでいます。活動しないことを不活動とは言わないように、不労という言葉や概念はなくなるのではないでしょうか。

 

④競争社会の消滅

持てるものが富む、この概念もなくなると思います。多くを持たなくとも、最低限の暮らしは全員満たされているからです。すると、競争意識が自然と消えていくのではと思います。秀でていなくても皆んな最低限の生活が保障されているからです。今の世の中は物質主義であり格差社会です。それらは資本主義を元に形成されているため、より持つものがより富を得られるシステムです。低〜中間層は、最低限の生活を満たすため、贅沢品や高級品を購入するために一生懸命に働きます。そのため同じフィールドにいる人々よりもパフォーマンスを上げ、結果を出し、実績を上げ続けたりしながら収入を増やし続ける必要があります。また上には上がいるため終わりはありません。必然的に仲間を蹴落とす競争社会です。BIがあってもより富を求める人々の社会では競争原理は働くのだろうと想像します。しかし、より多くを持つ=富という概念が根底にあるからであって、それが崩壊した世界では、競争原理も働かなくなるのではないでしょうか。また、生活よりも喜びのための労働を基本としていると思うので、欲望を満たすための競争はなくなっていると思います。

 

まだまだ疑問や想定される状況はあります。次回に続きます。